「時は金なり」などと言うと、いかにも効率主義な忙しい感じがするかもしれない。貨幣に価値を見出し、資本主義を真面目に追い求めつづけているこの国には、似つかわしい解釈だ。しかしこの言葉、違った意味からも言い得て妙なところがある。
 ものが生み出されるということ。問題の発見があり、アイデアを練って解決策を探り、美しいまとまりを検討して提案する。それを実現するための素材を吟味し、道具を選び、工程を計画して完成へと導く。人の手によってものがつくられるというその過程には、多くのエネルギーと時間が費やされている。
 機械の導入によって簡略化され、省力化がはかられる場面は多くあるが、それでも経験を積んだ人の身体がもっとも優れた技術をもち、労働力となる。熟練した職人の仕事は無駄な動きがなく、機敏で目を見張る。それこそ身体の隅々まで用いて、仕事に最大限の能力を注ぎ込む。
 細部まで考え抜かれて使いやすい日用品には、感動を覚える。あらゆる場面を想定し、モデリングを繰り返す中で感触を確認しながら、検証を重ねてきた賜物だ。一時のひらめきでは解決されず、時をおき、考える者が少し成長してから再び手に取り、完成度が上がることもある。
 そんなものたちには、惜しみのない時間がかけられている。技術の習得にかけられた時間。試行錯誤する時間。ていねいな仕事をする時間。時間をかけて生み出されたものには品があり、美しい。そこには感動という価値が生まれる。「時は金なり」、そう思う。

「メモの束 vol.7」掲載