先日の台風による嵐で、夏の名残りで壁に張りついていたセミの脱け殻が、流れた。今夏は酷暑でセミが多かったという。卵からかえると土の中で7年間過ごし、夏、成虫となって2週間で生涯を終えるといわれるセミが、暑いからと羽化する年を変えるものなのかどうか、よくわからない。しかし確かに、例年にも増してにぎやかだったような気もする。
 土の中で過ごす時間の長さ、成虫になり恋をする期間の短さから、哀れまれることもあるようだが、セミの本心はわからない。もしかすると意外にもエンジョイしているのではないか、と思ったりする。7年というのは虫としては長生きなようだし、土の中での暮らしを結構エンジョイしているかもしれない。むしろ最後の駆け込み2週間がもっとも過酷だったりして。
 秋の夜長には、セミのドラマティックな生涯を、勝手に想像してみるのも楽しい。
 ラジオから、高校生の頃聞いた曲が流れてくる。懐かしさを感じると同時に、そのヴォーカルにまつわる驚きが思い起こされる。歌声から想像していた女性像と、ジャケットに載っていた写真を初めて見たときのギャップ。きれいでなかったなどという失礼なことではなく、妄想と実際の違いに新鮮さを感じた。
 インターネット上にラジオ局がサイトをもつようになり、パーソナリティの画像が見られるようになった。今まで声とその雰囲気だけでしかイメージしていなかったその人の、顔が見られる。親近感をもてることもあるだろうし、少し残念な気持ちになることもあるかもしれない。妄想の世界が、現実味を帯びる。
 以前たまたまつけていたテレビ番組に、電話局の時報の声を録音した女性が出ていた。といっても決して顔は映さなかった。声のもつイメージを大切にしたいからだという。視覚による表現が重要視される流れの中で、音声のみの媒体は軽んじられがちだが、声がもつ表情は、繊細であり豊かだと改めて感じる。
 今日では電話の向こう側の様子も見られるようになった。でも声を頼りに妄想の世界で遊ぶのは、悪くない。
 仕事柄、製造現場というものを見る機会がある。よくテレビの特集で映されるハイテクな工場は明るくて清潔感のある環境だが、多くのコーバは暗くて古臭いものだ。おじさんたちに大人気のプロジェクトXでドラマチックに再現される町工場、今でもそんなところはたくさんある。
 プロジェクトXの中で大活躍するオトコたちは、情熱にあふれ、テイコーセーリョクに立ち向かい、新境地へ果敢に挑戦していく劇的な物語を展開する。同時代を生きてきたオトコたちには、今の若い世代には味わえない熱い感動があるのだろう。しかしものづくりニッポンの縁の下の力もち、コーバを支える今も昔も変わらない存在は熱いおじさんたちの他にある。パートのおばさんだ。
 彼女たちは表に出てこない。クライアントを迎え現場を案内し、打ち合わせをするのはおじさん。お尻が熱くなるふにゃふにゃのソファーに座り、お茶をすすりながら半分くらいは関係のない話をしてみたり、それはそれで結構楽しいものだが、その間も彼女たちの手が止まることはない。
 休憩時間になると、屈託のない笑い声。世間話に花が咲く。朝早く起きて旦那を弁当をもたせて送り出し、掃除や洗濯を片付けて工場へ。仕事が終われば帰りがけに買い物をして、食事をつくって旦那の帰りをまつ。他にも家族があれば家事の手間も増えるというもの。家庭の切り盛りにも余念がない。
 のだろうなと、想像してみる。オトコたちがどんなにロマンを語り、人脈を築いて出世していこうとも、そんな世界を省みることなくひたすら働くその手が、ずっとこの国を支えているんだなと、たのもしく思っている。
 ここ数日、投稿できなかった。新潟で地震があり、たくさんの被災者が寒い夜を迎えている。大変な悲しみがあり、辛い思いをして不安な時を過ごしているはず。どんな状況になっているのか。どういう動きがあるのか。のんきに文章を書いていられなかった。しかし日常もまた、大切だ。

 今日、ストーブを出した。日中はそれほど辛くなかったから、まだいいかなと思いながら用意したものの、日が落ちてからは出しておいてよかったと、ほっとしている。あまり早い時期から厚着をしたり暖を取ったりしていると、本格的に冬を迎えたときに耐えられないんじゃないかと、ぎりぎりまで我慢して身体をならした方がいいんじゃないかと考えたりもしていた。しかし今は、無理をしていてもよくないかなと、肩の力を抜いている。
 ストーブに手をかざしながら、今朝新聞で見た、地震により避難生活を送っているおばあさんは暖かく過ごせているだろうかと、思いをめぐらしている。火山の噴火、頻繁に上陸する台風、地震。幸いこの地は被災していないが、自分がその立場になることがないわけではない。備えがあればとはいうが、無力を感じるかもしれない。想像を絶している。
 イラクで拘留されている青年がいる。常に命を奪われる状況にある。政府が言った。「そんな危険なところになぜ行ったのか」。認識の甘さは認められたとしても、今はそんな発言をしている場面ではない。春、三人の邦人が拉致されたときも、自己責任だという論調を流し、非難の矛先を政府から、最も辛い思いをしてきた被害者に向けた。今回もまた、そうするつもりか。最善は尽くすが、命を奪われてもしょうがなかったと言ってしまうのだろうか。その前に考えることがある。なぜ危険な地域になってしまったのか。なすべきことがある。どうすれば危険ではなくなるのか。そこのところが、議論されていない。
 ストーブを点けるための燃料は今年は高い。これもめぐりめぐって同じようなところに起因していたりするのでは。ストーブの火は、平和だと思う。
 カイロというと、今では使い捨てカイロが当たり前だ。幼少の頃テレビで見た使い捨てカイロのCMが、記憶に残っている。カイロといえばネーミングのわかりやすさから、ホッカイロが定番という感じ。
 昨冬、仕事場をあちこちかき回していたら、懐炉がでてきた。手になじむ緩やかなアールを描いた金属のボディをもつ、ベンジンを含ませて点火するもの。表面は少しさびていたが、磨くとすぐに輝きを取り戻した。
 見たこともその存在も知らなかったから、初めは懐炉であるということもわからなかった。しかし調べてみると、80年の歴史をもつ息の長い製品である。家族の話では、ぼくの曾祖母が使っていたものではないかという。そのときは燃料になるベンジンが手に入らず、使わずにおいていた。
 ストーブを出した次の日、懐炉を思い出して冬の備えにと、取り出した。そして今回はベンジンも用意する。説明書や付属品は紛失しているものの、使い方を調べてベンジンを注入、点火してみる。するとこれが暖かい。燃料を含ませて火を入れるというちょっとした作業が、豆を挽きドリップに備えてお湯を注ぐという、コーヒーを飲むときの一連の動作のように、趣があって嬉しい。
 使い捨てカイロはごみが出るのが嫌で、なかなか使えなかったが、これなら安心して気軽に使えるように思う。寒い日には悩まされる手足の冷えも、今年は少し和らぐかもしれない。