「電話の絵とモンジのとふたつあるけど、これ押しとけばいいの? 電源と書いてあるとこ押したらあかんやろ? これどうしとけばいいの? せやから、、、」町中に聞こえるんじゃないかと思えるくらいの大声で、おじさんが一人がなっている。相手は携帯電話。用件はとっくに済んでいるようなのに、そんなやり取りがずっとつづいている。あまりにもおかしくて、こっそり見つづけてしまった。
先頃T社から発売された通話機能しかない携帯電話が、しばらくよく売れたという。極端と思えるほど機能を絞り込んだその電話機の登場を、待ち望んでいた人が意外と多かったということ。機能は減らさずに操作が簡単にできるよう工夫するD社ともまた違った、意欲的な提案だと思う。
使いやすいかたちにするって難しい。ひとつのものを手にしたとき、それをどのように使うかは人それぞれ。場所も、時間も、年齢も、性別も、癖もみんな違う。間違えないようにするためには、単純にするしかない。ひとつの機能にスイッチひとつ。何のためのスイッチか、入っているか切れているか、一目瞭然だったら迷わない。
そうはいってもこのご時世、ボタンひとつで地球が吹っ飛ぶようなスイッチなんてのもある様子。簡単にすればいいとは、一概にはいえないらしい。
「セイカツクン、どうしたの」家をのぞいたら、声をかけられた。セイカツクンて何だろうと、一瞬考える。ああそうか、自分のことだ。突然初めての呼び方をされたから、わからなかった。
あだ名っていろんなところからつけられる。得意なこととか、癖とか、印象深いエピソードとか。呼ばれ方で、その人となりが想像できるようで面白い。自分について思い返してみると、名前に関わるあだ名ばかりだと思う。生活する場が移ろう中であだ名は変わっても、名前からとられたものがほとんど。
”セイカツクン=生活くん”なんて呼び方は、結構しゃれている。いわれは些細なことでどうってことないものの、生活があってこそ仕事や社会が成り立っていると思うと、その音からはそこのところをちゃんと押さえているような印象で、光栄だ。
料理をして、食事が楽しめるから食卓の彩りを思い描ける。生活空間を整えて、きれいに暮らしたいから調度品に思いが込められる。生活を大切にできると、毎日が楽しい。豊かな暮らしって、特別なことをしないとなれないんじゃなくて、たわいもないようなことをていねいにしてみることで、かなえられたりする。そんな”せいかつくん”になれたらうれしい。
家を出て駅に向かう途中、クリーム色のカーディガンに巻きスカート、黒革のブーツに眼鏡の人とすれ違った。その日は朝から天気がよくて春の陽気を予感させていたから、みんな外へ出かけたくなるんだろうな、と思いながらすれ違う。と、そのとき一瞬目をやったその横顔に驚いた。不自然に厚塗りな化粧のその主は、明らかにオトコ。女装がいけないとは思わないけど、あまりの不自然さにゾッとしてしまった。しばらく歩いてから妙に気になってちらりと振り返ってみる。するとあちらもさりげなくちらり。しまった・・・
なんだか調子が狂ったまま電車に乗り込む。寮に入っていたとき、紙に様々ないたずらを書いて、少し離れた場所からそこにコインを投げて当たったものをしなければならないという、何とも理不尽なゲームをしていたのを思い出した。今朝の彼(または彼女)ももしかしたら何かしら罰ゲームでしょうがなく・・・なんてことはなさそうだった。
乗り換えるため電車を降りる。ホームの雑踏の中を歩いていると、「ジョシコーセーサーン」と奇妙なつぶやき声。思わず振り返ると、後ろを歩いていた4、5人の女子高校生のまわりをうろうろしながら、男性がぶつぶつ言っている。「女子高生さーん」。女子高校生たちは目配せしあって、足早に人ごみに紛れていった。男性はふらりふらり、離れていく。何がしたいのかわからない。ただただ異様。女子高生家業も楽じゃないんだな。春になると、いろんなところが緩んでくるのかもしれない。気をつけなくちゃ!?
今日はどうかしちゃってると思いながら目的地へ。よくいくところなのに、ちょっと遠くまできたような軽い疲労感。リフレッシュしなくては、というのにこんなときに限って休業。なんてこった、とため息ひとつ。今日は何だかしてやられたり。
ストーブに薪をくべながら思った。一年前の今ごろは、ここには何もなかったっけ。時が過ぎ行くのは早いというけれど、思い返してみると、ひとつひとつのことが意外と遠くの出来ごとだったように思える。忙しくて振り返ってこなかったからか、はたまたのんびりしてきたからぼんやりしてるだけなのか。
まだ暑い季節に、冬になったら仕事場に薪ストーブを入れようかと思っているなんて話をしていた。仕事で出た端材をストーブにくべて暖をとる。何とものどかな絵が思い浮かぶ。しかしそのときは、薪になる端材が出なかったりして、なんて冗談を言っていた。仕事がなければ、端材も出ない。冗談にしては、なかなかシビアな話だった。
多くの人に支えられて一年。薪ストーブに火が入れられた。そろそろ暖かくなってきたら、ストーブはしまうことになる。一年前庭に植えた小さな梅の木が花びらを散らしている。次の冬もまた、このストーブで暖まりたい。
ここ数日、訪問客が絶えない。一度にあまりたくさんの話をもち込まれても処理しきれなくて困るんだよねぇ とうれしい悲鳴でも聞かれそうなものだが、仕事とは全く関係のない、珍客たち。春休みで時間をもてあましているのかどうだか、近所の子どもたちが入れ替わり立ち替わり、呼びにくる。「モチヅキさ〜ん」。
仕事場の向かいの地区には、それはもう次から次へと、申し合わせたかのように順番に家が建っていく。そして移り住んでくるファミリーは、少子化時代どこ吹く風。高齢者ばかりで静かだった住宅地が、にわかににぎやかになってきた。
はじめは裏山のてっぺんまで探検に出かけた。錆びた有刺鉄線の柵をくぐる。転がり落ちそうなコンクリートの崖を見下ろす。枯れて倒れていた大きな竹を引きずり出す。壊れかけの祠をのぞき、竹と雑木に覆われた小道の、香ばしい匂いのする落ち葉の上を歩いた。それからはもう、すっかり子どもたちのペース。以前は庭をかけずり回り、おそるおそる仕事場をのぞいているくらいだったのに、今では仕事の最中でも食事をしてても家に、仕事場に呼びにくる。
お向かいのSくんは昆虫が大好き。まだシーズンじゃないから、最近は”ハザイ”で虫をつくっている。発泡スチロールのトレーにストローで足をつけて、牛乳パックの羽をつける。大小様々なクワガタがそろった。その隣のNちゃんも負けずに虫づくり。Sくんとはまた違って、ひとつひとつ改造を加えて、つくりこんでいく。数件離れたところに住んでいるMちゃんは、仕事に興味津々。暗くなってお母さんが呼びにきても、なかなか帰らない。仕事の手が離せなくて「あとで」と断ると、Rくんは仕事場の周りをぐるぐる回っては窓をコツコツ叩いていく。仕事にどう区切りをつけるか、こちらはもう四苦八苦。こうなると遊ぶ時間を考慮して工程を組まなくてはいけない。うれしいような、困ったような。
5日には小学校の入学式。12日には幼稚園の入園式があるらしい。そしたらまた静かな午前がやってくる。子どもたちが相手にしてくれるのも今のうちだけかもしれない。なかなかいない”遊べる”近所のお兄さん(おじさん?)。もうしばらくは楽しませてもらおう。