我らのガラス張りの小屋を訪れると、暖かそうだという人と、寒そうだという人がある。壁が一面天井から床までガラスだから、日がさんさんと降り注ぐ反面、放熱もどんどんする。だからどちらも正解。太陽が出ていれば暖かいし、日が暮れると瞬く間に冷える。今の季節は、必要以上に寒さを実感。
そんな本当に寒い冬の夜をともに過ごす、新しい仲間が加わった。それは湯湯婆(ゆたんぽ)。すぐに思い浮かぶのはブリキのものだったり、近頃では樹脂でできたものや電子レンジで温めるものもあるようだけど、これは銅製。銅のお鍋のように、槌で叩いてできている。それもちょっとひいきの made in Germany 。布団の中で凍えないように、いつもお世話になっているお兄さんとお姉さんが贈ってくれた。
昨シーズンから使っている懐炉と同じように、湯たんぽもちょっと手間がかかる。懐炉はベンジンを適当量注入して、発熱を促すために火を当てて、袋に入れる。湯たんぽもお湯を沸かして、湯たんぽに移して、布にくるんで布団に入れる。でもこれが、寒いのをちょっとがまんしてお風呂にお湯を張ると、シャワーでざざっとお湯をかぶるのとは違った、ぬくぬくと至福のひとときが味わえるように、ひと手間かけることで、肩の力を抜いて床につけるという効果が一目瞭然。
ワンシーズン使いつづけたストーブの煙突の煤を掃除したら、驚くばかりに火力がアップした。面倒に思って、ついつい無精してしまうことだけど、効果を得るには、それなりのステップが必要。日頃のことも仕事でも、ちょっとしたひとてまでぐっといいものになる。
ささやかなことだけど、近頃気になっていることふたつ。
まずひとつ目。
街を歩くと、電車に乗ると、あちらこちらで目にする看板や張り紙。
「テロ警戒中」。
市民の平和と安全を守ってもらいたいのに、わざわざ危険を自ら招き入れているような状況だから、そりゃ警戒しなくちゃならない。
別の犯罪で捕まった人が偽造パスポートで入国していた事実がわかったり、なんだかんだ結構スキは多い様子。
警備に立っている人が、すこーし頼りなさそうだったりするのはまあしょうがないとして、張り紙や看板に日本語しか表記していないものは、どうかと思う。
抑止力を図るのであれば、グローバルにいきたいもの。
そしてふたつ目。
「プラ」封筒に入って届くDM。
ごていねいに「プラ」「紙」と表示されているものもある。
しかし、はがれないのだ、「紙」のラベルが。
分別して出したくても、分別できない。
たまにはがしやすいようにできているパッケージに出会うと、ちょっと嬉しい。
でも、そんなものに限って、中身を見ることなく分別される場合の多いこと、、、 分別どうのこうのという以前の問題をはらんでいるのかも!?
改正を前に議論がかわされつつある容器包装リサイクル法。
分別しやすさも徹底してほしいもの。
日本漢字能力検定協会の公募によって決まった今年の漢字 (Click!) は、「愛」だった。例年、暗いイメージをもつ字がつづいていた中で、今年選ばれた漢字は、文字そのもののもつ印象はきわめて美しい。しかし今年一年の世相と重ねあわせて考えてみると、愛があったというわけではなく、そこには愛を希求する、切実な思いも伝わってくる。
この国の人はこんなにオープンだったかなぁ、と思うことがよくあった。ともすれば意識して抑えようとしていたかのようにさえ見えていた愛するということを、言葉にし、映像にし、積極的にアピールするようになった。愛を声高に唱える歌が数多く歌われ、多くの人が共感する。今までは身近なテーマのひとつである恋愛が中心だったが、今やその領域を越え、家族愛、人類愛、平和への希望と、深まっているように思う。
多くの人が平和を望んでいるであろう社会の中で、愚かなこと、残念なこと、悔しいことは絶えることがない。シンボルとして「自由・平等・博愛」を掲げる国でも、理不尽な暴動が起きた。原因は単純ではないだろう。幸せに生きていたいという、誰もが抱いているささやかな希望が叶わない現実が、それぞれの立場の前にのしかかっている。既に人類の力ではどうしようもない、極みに達しているのではないかという失望感すら漂う中で支持された今年の字に、答えを見いだそうとしている社会の流れが向かっているように感じる。
言葉だけではない、生きた愛を、人々の間で育んでいられる時代を迎えたい。