日ざしも和らぎ、過ごしやすくなった。夕暮れ時になると突然、申し合わせたかのようにいっせいに鳴き出していたヒグラシはすっかり聞かれなくなり、代わりにコオロギや鈴虫がそこかしこで涼やかに鳴いている。
この時期になってもしぶとく飛び回っている蚊にさされると、なぜかひどくかゆい。何が違うのかよくわからないが、心なしか夏の盛りに責め立てる彼らよりも、蚊取り線香がよく効くような気もする。日一日と、秋は深まっていくんだなぁ

今使っているものは多少窮屈に感じていたので、大き目のベッドをつくろうかと思っていたら、ひょんなことから大きなベッドがうちにきた。主が留守の間、預からせてもらっているもの。これなら少しくらい寝返りを打っても、床に転がり落ちることはなさそう。
でもちょうどいいマットをもっていなかったので、まだ寝心地が落ち着かない。そのせいか、よく夢をみるようになった気がする。飛んだりはねたり、神経戦だったり、結構疲れるね、活発に夢見ると。

昨晩出てきたのは、しばらく会っていない友人のF。そんなところ行くことないのに、場所はなぜかゲームセンター。ふと見渡すと、Fがシューティングゲームらしきものに興じていた。数年前結婚したらしい話は聞いていたから、嫁さんらしき女性と一緒。
久しぶりだなぁと、近寄って声をかける。少し近況を話したところで、彼が鞄の中からおもむろに取り出したのは、なんとドアホン。しかもそれは親機で、嫁さんが鞄の中から子機を出してみせた。携帯電話をもっていない人ならわかるけど、だからってドアホンてことはないでしょう。せめてトランシーバーにしてくれ、と思ったのでした。
なんだこりゃ。
ところであやつは、元気にしているだろうか。
木の日用品は、見られることの少ないものかもしれない。いすに腰掛けて机の上におかれた器や料理を楽しんでも、それが置かれている机や、座っているいすのことは気にならないことが多いように思う。しかし空間を構成する要素の中では、その存在の占める割合は大きい。それらを楽しめるようになったら、空間の味わいはずっと深くなる。

木工の仕事で面白いのは、いろいろなひとのさまざまな暮らしのシチュエーションがあって、そこに求められるかたちをまとめあげていくことが多いからかもしれない。
もちろん目指すかたちはあるものの、素材やもののかたちにとらわれるのではなくて、自分の生活の中だけでは到底巡り会えないような設定と出会い、その空間をより活かしたいという希望と、そのための解決手段としてのものの展開がリアルだからだろうか。

その関わりの中では、なるほどと思うこともあれば、こうした方がよりよいのではないかと、考えが確かめられることもある。さまざまな条件に対して柔軟にイメージを広げ、ひとと空間との関係をまとめあげていく作業は、創作と同時に、ひとと空間との関係、空間とものとの関係を整えていくような、そんな感覚のようにも思う。

用を足すだけのものではなく、刺々しく、際立つ存在感を放つだけのものではないたたずまい。温もりというイメージをもつ木を使うからこそ、直線的なラインを取り入れて構成することで、空間への収まりを整え、身体で味わうものだからこそ、かたちから受けるイメージだけではなくて、直に触れ合うことからその柔らかさを確かめられたらいいと思っている。

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10月6日(金)から14日(土)まで初めての個展をします。ぜひお越しください。詳しい情報はこちら (Click!) でどうぞ。