ここ2週間ほど、世界は何となくオバマ待ち、だったように感じる。
ものすごいスピードで景気は後退しているようだし、気の滅入るような悲しい事件は起こりつづけるし、戦争はなかなかやまないし。
社会情勢はもちろんとどまってはいない。
しかしながら、何となく、である。

アメリカにおける歴史的なできごとであることは、残念ながら知識でしか理解できない。
なのになぜか漠然とした、変革への期待感がふつふつとわいてくる。
I have a dream から We can change へ。
ヒトの社会は、たまにはいい選択もできるもんだと、あとになっても思える転換点になって欲しいと、静かに願う。

日本では深夜に行われる就任式。
テレビを気軽につけなくなってから、LIVEで見たいと思ったのは、数年前のサッカーワールドカップアジア予選、対北朝鮮戦以来かも。
さて、どうするかな。
友人から、出産の便りが届いた。大きくて元気のよさそうな、微笑ましい子どもの写真がはいっている。
子どもを交えた新しい家族の関係がはじまる、嬉しい知らせ。

気ままな日々を暮らしていた学生時代から温かく見守り、応援してくれていたおばあさんの訃報が届いた。
優しい言葉にほかほかの食事。もう会えないのかと思うと、切なくて仕方ない。

同じ屋根の下、次の世代が日々たくましく育っていく様子を目の当たりにして暮らしている。
彼の生まれた朝、知人の親御が息を引き取られたということを、後日知った。

交わりのないヒトとヒトの人生のはじまりと終わりが、目の前で入れ替わっていく。
自分もその大きなうねりの、どこかの一部。
ヒト。生命。ひいては環境か。
到底理解の及ばぬ世界に、身を委ねているのかもしれない。

感謝の気持ちと感動が、ささやかな一片の人生を豊かにしてくれる。
そんな気がする。