わがままには、テレビは似合わない

わがままになると、テレビは見られなくなる。起きたい時刻に起きて、食べたいものを食べて、やりたいように仕事して、眠くなったら寝る。他人の都合に合わせる生活をしない人には、一方的に時間と場所を指定するテレビはそぐわない。その点、新聞や情報誌は読みたいときに読みたい箇所をかいつまんで読めるという、わがままな人向けの媒体。テレビはどちらかというと、提供する側のわがまま主体。
というと本当にわがままなように聞こえるが、そうでもない。起きたい時刻に起きるということは、その日やらなければならないことがあるから。食べたいものを食べるためには、自分で用意しなければならない。自分のペースで仕事できるように、工程を管理する必要がある。なすべきことを消化できたからこそ、安心して眠たくなり、寝られる。結構シビアな生活だ。
先日、サッカーのワールドカップ最終予選の第一戦、日本対北朝鮮の試合が少し気になった。スポーツは活字で読むより、見た方が面白い。しかしテレビがない。今や携帯電話にもテレビがついているというのに。しかしブロードバンドがある。どこかしら動画配信していないものかと探してみたものの、見つけることができなかった。残念。
「インターネットはオンデマンド(任意のタイミングで見られる)、インタラクティブ(双方向性)、ニッチ(少数の希望にも対応する)の3点が強み。テレビやラジオと融合すれば、たとえばトーク番組の放送終了後もネット中継できる。それで視聴したいという人はいるはず」と語るL社のH氏。いるいる、ここに。地上波テレビのデジタル放送がはじまったって、テレビがなければ関係ない。

先日皇太子が紹介したという詩が掲載されている本が、売り切れで増刷を決めたという。法律上の義務と権利、社会制度、人間関係などを中学生にわかりやすく解説した教科書とのこと。いいところついてる、なかなか。いつか、人間宣言ならぬ日本国民宣言してくれることを、期待してます。