ついにこのとき

“Glashaus” はガラス張り。”三匹の子豚” なら、とりあえず最後に残る頑丈な家ではない。軽く、構造が柔軟なので、地震で粉々になるようなことはまずないそうだが、台風で瓦でも飛んできたら、さすがに耐えられない。小屋が内部空間を守るシェルターだとすると、失格かな。しかし風雨をしのぐには、これで十分。
機械での作業中に、回転する刃に引っかかった木片が飛んでいったり、立てかけてある材料が倒れてしまったり、庭の草刈りをしていて小石を飛ばしてしまったり。そんなことでガラスを割ってしまうこともあるだろうと思っていたものの、そんな事故は起こっていない。多少の衝撃では破れないよう、処置してある箇所が多いことも幸いしているのかも。しかしついに、そのときがくる。
来客があり、庭で話をしていた。まわりでは、いつものように、近所の子どもたちが虫取りに興じている。夏休み明け直後。たくさんの大人の目。いつになくたくさんバッタとカマキリが捕れていたこともあったのかもしれない。少し興奮していたのだろう。仕事場の外壁にとまっていた虫を見つけると、何を思ったか、網でもないのに、手にしていた棒っきれをその虫めがけて振りおろした。虫に当たるわけもなく、空を切った棒の端は、外壁に直撃。あたりまえのように、ガラスに穴。あれ? と目を丸くした顔をこちらに向ける、少年。
割れたガラスが飛び散ることなく、けが人がいなかったのはよかった。できっこないけど、こういうときは、漫画のように「こらぁ〜!」と怒鳴ってみた方が面白いのかな、とちょっと想像してみる。そして、棒でガラス板を叩き割ったときの感触。誰のものでもなくて、とがめられることがなかったら、きっと気持ちいい。
今どきの家のガラス窓は、叩いて割れるような代物ではない。食器は落としても割れないし、壁に書いた落書きは、消せてしまう。人に “優しい” ものに囲まれた暮らし。身の回りにどんなものがあって、どんな役に立ってくれるかは必要以上によく知っていても、身の回りにどんな素材があって、それぞれどんな特徴をもち、どんな弱点があるかはきっと知る機会がない。ガラスにも種類があって、多くのものは実は簡単に割れてしまうということ。きっと期せずして手に入れた、貴重な感触。間違っても、癖になりませんように。