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The message to a client

Thank you very much for your help with my giraffe sculpture. http://www.glashaus.jp/pages/0705swatch.htm
I am honored for this opportunity to install my work in a great space of a world-famous company’s store, designed by a world-class architect.
I thought it would be nice to have a baby giraffe when I saw the giraffe in the atrium.
Then I was so happy when I found a similar structure in the ceilings of the event hall.
I have a two-month-old son. I very much look forward to the day when he becomes old enough to go out so that I can take him to Ginza and see the giraffe in your store.
I have uploaded some pictures to the website below. Please tale a look when you have a moment.
The Giraffe on N.G.H.C. http://www.imagegateway.net/a?i=4moCZYeEUJ
I am grateful to people of Shigeru Ban’s office, people who helped import and transportation, and to my family who was a great help.
I will very much look forward to seeing you again in the future.
Best regards,

ヤクニジカンフツー

今朝、男性が新幹線にはねられて死亡したそうだ。
原因はわからないが、線路へ降りていくところが目撃されている。
自分で歩いて、ホームから離れた通過路線まで行ったらしい。
自殺と想像するのが妥当だろう。
自分の身に起こることも、その結果が招く混乱のことも容易に想像できただろうに、彼はなぜそうしなくてはならなかったのか。
気になる。
連日、時事問題をテーマに放送しているラジオ番組のパーソナリティーがコメントしていた。
出張ラッシュとでも呼べるような時間帯の今回の不通。
影響は大きかったはず。
復旧まで2時間。
安全を確認するために必要だったという運行会社の説明を信じたい。
復旧までに時間がかかりすぎたのではないかと、運行会社を不審がるような口ぶり。
違和感を覚えた。
確かに、タイムテーブルに則って運行しているはずの公共交通機関が不通になることで、多くの人の行動を妨げ、時間を奪い、経済活動を阻害した。
その影響はないがしろにはできない。
しかしそんなことよりも大切なのは、その復旧までの時間如何よりも、不幸中の幸いで事故により他に死傷者が出なかったということであり、その男性の死と彼をそういう行動へ追いやった要因だ。
事件、事故で人が死んでしまう記事を目にしない日はない。
一言で片付けられてしまう人の死ではある。
短くはあるが、その行間に、一人一人の人生を想像できるようでありたい。

感謝しつつ

初めての個展 −Frameworks 009− が終わりました。
お忙しい中、たくさんの方にご来場いただき、感謝です。
おかげさまで、充実した発表の日々となりました。
今回の出会いと励ましを糧に、よりいっそう喜んでいただけるものづくりを展開していきたいと思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

来月にグループ展を予定しております。
またお知らせいたしますので、よろしければお訪ねください。

望月 勤 展 -Frameworks 009-

木の日用品は、見られることの少ないものかもしれない。いすに腰掛けて机の上におかれた器や料理を楽しんでも、それが置かれている机や、座っているいすのことは気にならないことが多いように思う。しかし空間を構成する要素の中では、その存在の占める割合は大きい。それらを楽しめるようになったら、空間の味わいはずっと深くなる。
木工の仕事で面白いのは、いろいろなひとのさまざまな暮らしのシチュエーションがあって、そこに求められるかたちをまとめあげていくことが多いからかもしれない。
もちろん目指すかたちはあるものの、素材やもののかたちにとらわれるのではなくて、自分の生活の中だけでは到底巡り会えないような設定と出会い、その空間をより活かしたいという希望と、そのための解決手段としてのものの展開がリアルだからだろうか。
その関わりの中では、なるほどと思うこともあれば、こうした方がよりよいのではないかと、考えが確かめられることもある。さまざまな条件に対して柔軟にイメージを広げ、ひとと空間との関係をまとめあげていく作業は、創作と同時に、ひとと空間との関係、空間とものとの関係を整えていくような、そんな感覚のようにも思う。
用を足すだけのものではなく、刺々しく、際立つ存在感を放つだけのものではないたたずまい。温もりというイメージをもつ木を使うからこそ、直線的なラインを取り入れて構成することで、空間への収まりを整え、身体で味わうものだからこそ、かたちから受けるイメージだけではなくて、直に触れ合うことからその柔らかさを確かめられたらいいと思っている。

10月6日(金)から14日(土)まで初めての個展をします。ぜひお越しください。詳しい情報はこちらhttp://www.glashaus.jp/pages/exhibit_acca06.htmでどうぞ。

ケータイ

日ざしも和らぎ、過ごしやすくなった。夕暮れ時になると突然、申し合わせたかのようにいっせいに鳴き出していたヒグラシはすっかり聞かれなくなり、代わりにコオロギや鈴虫がそこかしこで涼やかに鳴いている。
この時期になってもしぶとく飛び回っている蚊にさされると、なぜかひどくかゆい。何が違うのかよくわからないが、心なしか夏の盛りに責め立てる彼らよりも、蚊取り線香がよく効くような気もする。日一日と、秋は深まっていくんだなぁ
今使っているものは多少窮屈に感じていたので、大き目のベッドをつくろうかと思っていたら、ひょんなことから大きなベッドがうちにきた。主が留守の間、預からせてもらっているもの。これなら少しくらい寝返りを打っても、床に転がり落ちることはなさそう。
でもちょうどいいマットをもっていなかったので、まだ寝心地が落ち着かない。そのせいか、よく夢をみるようになった気がする。飛んだりはねたり、神経戦だったり、結構疲れるね、活発に夢見ると。
昨晩出てきたのは、しばらく会っていない友人のF。そんなところ行くことないのに、場所はなぜかゲームセンター。ふと見渡すと、Fがシューティングゲームらしきものに興じていた。数年前結婚したらしい話は聞いていたから、嫁さんらしき女性と一緒。
久しぶりだなぁと、近寄って声をかける。少し近況を話したところで、彼が鞄の中からおもむろに取り出したのは、なんとドアホン。しかもそれは親機で、嫁さんが鞄の中から子機を出してみせた。携帯電話をもっていない人ならわかるけど、だからってドアホンてことはないでしょう。せめてトランシーバーにしてくれ、と思ったのでした。
なんだこりゃ。
ところであやつは、元気にしているだろうか。

夏の終わり

気がつけば、8月も最後の日。残暑がつづいても、やはり夏といえば8月のイメージ。近隣の子どもたちも明日から新学期。夏は瞬く間に過ぎ去ってしまった。特別夏が好き、ということもないのに、なぜか去り行く夏は名残惜しい。
先日、遊びにきてくれた友人に誘われて、連れ立って海で泳いだ。昨年につづき、またしてもひと夏ひと泳ぎ。近くにいてもこんなもの。でも、とても気持ちよかった。結構、充分。
これからは、10月の個展に向けて、気持ちを集中させていく日々。プランはほぼできていて、実現できるかどうかは体力勝負!? になる様相。”初”なので、あまり無謀なことは考えていないつもりですが。
ハンカチタオルお尻のポケットに突っ込んで、汗をふきふき、しまっていこー

インスタント・アリ

気がつけば、もうすぐ夏至。夏も目前。時が経つのは早いはやい、、、
ここのところ、コーヒー豆を切らしている。あるとついついいれてしまうから、こんなときには別のものを楽しんでみようかと思いきや、ストッカーの奥から忘れられかけていたインスタント・コーヒーが出てきた。
実はインスタント・コーヒー、あまりおいしくいれられない。話に聞くと、結構いけるらしい。この機会に、毎日のように試している。
今日の昼も、ぱぱっと溶かして飲んでいた。豆は薫りがいいとおいしくいれたくなる。その点、インスタントは分量さえ適量ならそれなりだから、気軽でいいかもしれない。
そんな2杯目のコーヒー。2口程すすりながら、何だか溶けが悪いなぁ とカップをのぞくと、溶け残った粉に見えていた茶色いつぶつぶは何となんと、無数のちっちゃいアリンコ。
溶ける訳がない。
そして、見事に同じ色。
クモや毛虫が壁や天井を這いまわっている、まるで林の中のようなこの家。今年は家の中を横断していく蟻の行列(大群)がなくてよかったと思っていたのに、ここにきて出し抜かれた感。
どうやらポットの中に潜んでいた様子。
日が暮れるとまだ空気が冷たいから、少し暖かくて薄暗い、ポットの中が気に入ったのだろうか?
そんなことは知る由もなく、熱湯地獄にしてしまったらしい。
それはそうと、1杯目のコーヒーには果たして、、、
朝になったら、お腹が三つに割れてたりして。

遅くなりましたが、明日10日(土)まで兄・薫が個展をしております。詳細はこちらhttp://www.glashaus.jp/pages/kaoru_acca.htmで。もしお時間がありましたら、お立ち寄りいただけましたら幸いです。

愛ある年に

日本漢字能力検定協会の公募によって決まった今年の漢字http://www.kanken.or.jp/kanji/kanji2005/kanji.htmlは、「愛」だった。例年、暗いイメージをもつ字がつづいていた中で、今年選ばれた漢字は、文字そのもののもつ印象はきわめて美しい。しかし今年一年の世相と重ねあわせて考えてみると、愛があったというわけではなく、そこには愛を希求する、切実な思いも伝わってくる。
この国の人はこんなにオープンだったかなぁ、と思うことがよくあった。ともすれば意識して抑えようとしていたかのようにさえ見えていた愛するということを、言葉にし、映像にし、積極的にアピールするようになった。愛を声高に唱える歌が数多く歌われ、多くの人が共感する。今までは身近なテーマのひとつである恋愛が中心だったが、今やその領域を越え、家族愛、人類愛、平和への希望と、深まっているように思う。
多くの人が平和を望んでいるであろう社会の中で、愚かなこと、残念なこと、悔しいことは絶えることがない。シンボルとして「自由・平等・博愛」を掲げる国でも、理不尽な暴動が起きた。原因は単純ではないだろう。幸せに生きていたいという、誰もが抱いているささやかな希望が叶わない現実が、それぞれの立場の前にのしかかっている。既に人類の力ではどうしようもない、極みに達しているのではないかという失望感すら漂う中で支持された今年の字に、答えを見いだそうとしている社会の流れが向かっているように感じる。
言葉だけではない、生きた愛を、人々の間で育んでいられる時代を迎えたい。

気になること、ふたつ。

ささやかなことだけど、近頃気になっていることふたつ。
まずひとつ目。
街を歩くと、電車に乗ると、あちらこちらで目にする看板や張り紙。
「テロ警戒中」。
市民の平和と安全を守ってもらいたいのに、わざわざ危険を自ら招き入れているような状況だから、そりゃ警戒しなくちゃならない。
別の犯罪で捕まった人が偽造パスポートで入国していた事実がわかったり、なんだかんだ結構スキは多い様子。
警備に立っている人が、すこーし頼りなさそうだったりするのはまあしょうがないとして、張り紙や看板に日本語しか表記していないものは、どうかと思う。
抑止力を図るのであれば、グローバルにいきたいもの。
そしてふたつ目。
「プラ」封筒に入って届くDM。
ごていねいに「プラ」「紙」と表示されているものもある。
しかし、はがれないのだ、「紙」のラベルが。
分別して出したくても、分別できない。
たまにはがしやすいようにできているパッケージに出会うと、ちょっと嬉しい。
でも、そんなものに限って、中身を見ることなく分別される場合の多いこと、、、 分別どうのこうのという以前の問題をはらんでいるのかも!?
改正を前に議論がかわされつつある容器包装リサイクル法。
分別しやすさも徹底してほしいもの。

湯湯婆

我らのガラス張りの小屋を訪れると、暖かそうだという人と、寒そうだという人がある。壁が一面天井から床までガラスだから、日がさんさんと降り注ぐ反面、放熱もどんどんする。だからどちらも正解。太陽が出ていれば暖かいし、日が暮れると瞬く間に冷える。今の季節は、必要以上に寒さを実感。
そんな本当に寒い冬の夜をともに過ごす、新しい仲間が加わった。それは湯湯婆(ゆたんぽ)。すぐに思い浮かぶのはブリキのものだったり、近頃では樹脂でできたものや電子レンジで温めるものもあるようだけど、これは銅製。銅のお鍋のように、槌で叩いてできている。それもちょっとひいきの made in Germany 。布団の中で凍えないように、いつもお世話になっているお兄さんとお姉さんが贈ってくれた。
昨シーズンから使っている懐炉と同じように、湯たんぽもちょっと手間がかかる。懐炉はベンジンを適当量注入して、発熱を促すために火を当てて、袋に入れる。湯たんぽもお湯を沸かして、湯たんぽに移して、布にくるんで布団に入れる。でもこれが、寒いのをちょっとがまんしてお風呂にお湯を張ると、シャワーでざざっとお湯をかぶるのとは違った、ぬくぬくと至福のひとときが味わえるように、ひと手間かけることで、肩の力を抜いて床につけるという効果が一目瞭然。
ワンシーズン使いつづけたストーブの煙突の煤を掃除したら、驚くばかりに火力がアップした。面倒に思って、ついつい無精してしまうことだけど、効果を得るには、それなりのステップが必要。日頃のことも仕事でも、ちょっとしたひとてまでぐっといいものになる。